ボトル一本飲みウイスキーレビュー

スコッチを中心にバーボン、アイリッシュ、たまにラムも

ピートが強いウイスキーの味覚への影響2

●味覚の変化の仮説
前回挙げた味覚の変化についての仮説を示す。

2-2-1.Aに含まれる何かが刺激を感じる受容体の反応を弱めている
2-2-2.同じく甘味を感じる受容体の反応を高めている
2-2-3.上記の両方

今回は2-2-1についての仮説を詳しく説明する。


●刺激を感じる受容体の反応を弱める?
辛さ(カプサイシンなど)を感じる受容体としてTRPV1受容体*1を挙げた。念のため言っておくとカプサイシンとは唐辛子などに含まれる辛味成分だ。カプサイシンはバニロイドというグループに含まれるので、TRPV1はバニロイド受容体とも呼ばれる。

TRPV1は43℃以上の熱さにも反応する*2が、エタノールが存在すると反応する温度域が下がるという研究結果*3があるようだ。(「ようだ」と書いたのは論文のabstractしか確認できていないため。)つまり度数が高い酒を飲んだときに感じる灼熱感は、本当は温度が低いにもかかわらずTRPV1がエタノールに騙されて熱さを感じているということらしい。TRPV1の反応を抑えられればウイスキーを飲んだ時の刺激は少なくなりまろやかに感じられるだろう。
では何がTRPV1の反応を弱めているのだろうか?


●TRPV1の反応を弱める機構
ここでTRPV1の重要な特性として脱感作性*4というものがある。簡単に言うと、繰り返しの刺激により反応が鈍くなるということだ。辛いカレーを食べていると辛さに慣れてくるのはまさにこの性質によるものだろう。

TRPV1を刺激するのはカプサイシンと熱さだけではない。プロトン(要は酸味)やその他複数種類の物質にも反応する。もしピート由来の成分にTRPV1を刺激する物質があれば、TRPV1の脱感作によりウイスキーの刺激を感じにくくなるのではないか。


●フェノール類のTRPV1への作用
TRPV1を刺激する物質は種々知られているが、植物に含まれる味、香りを特徴づける成分も多い。カプサイシンをはじめショウガオールやサンショオールなどだが、その中でオイゲノール(ユージノール)という物質がある*5。スパイスのクローブなどに含まれる成分で、香料や歯科治療における鎮痛薬などとして用いられるそうだ。

オイゲノール*6はフェノール類の一種である。またピートの香り成分のひとつ、グアイアコールによく似た構造をしている。ピートが効いたウイスキーにオイゲノールそのものが含まれているかは不明だが、似たような物質は含まれている可能性が高い。このオイゲノール類似物質がTRPV1を刺激しているのではないか。

オイゲノールと同様に、他のフェノール類も歯科で鎮痛薬として使われる*7。内服ではなく、歯を削って開いた穴などに直接塗る。フェノール、グアイアコール、パラクロロフェノールなどが用いられるようだ。またクレオソート(フェノール、グアイアコール、クレゾールなどの混合物)も使うそうなので、クレゾールも効果があるのかもしれない。ただし鎮痛作用のメカニズムについては文献が見つからなかった。

ここで歯の中にある象牙芽細胞と呼ばれる細胞にTRPV1が発現しているという研究*8がある。ここから、先のフェノール類はTRPV1に作用し、脱感作させることで鎮痛効果を発揮している可能性が考えられる。

注目はフェノール、クレゾール、グアイアコールだ。これらはピートの香り成分として知られている*9。オイゲノール(または類似物質)と同様にTRPV1に作用しているなら、ピートが効いたウイスキーが口内の刺激を感じにくくする可能性がある。


●まとめ
仮説をまとめると下記のようになる。

ピートが効いたウイスキーに含まれるフェノール類(オイゲノール類似物質もしくはグアイアコール、フェノール、クレゾールなど)がTRPV1を刺激し脱感作することで、次に飲むウイスキーの刺激を感じにくくなる。

今回は以上。
詳しい方はおかしな点があればご指摘ください。あとはこんなことすでに当たり前のように知られているよ、とか。